時間外勤務時間197時間の挫折体験を語る【経験談】

サラリーマン

朝に人におやようございます、昼の人はこんにちわ、夜の人にはこんばんわ。イルガと申します。

この記事では、イルガが経験した実体験を語っていきます。

今も会社勤めの、私ことイルガですが、2度の転職経験があります。今回の内容は大学を卒業して最初に入った会社のお話となります。

始まりは2014年、入社一年目の2月頃でした。もうそろそろ入社1年目が終わり、少し会社の雰囲気に慣れてきた頃です。

イルガは23歳でした。

イルガが所属していた部署は、技術開発グループでした。そこに新しい案件が入ってきました。

この案件が、開発期間一年以上の長い闘いの始まりでした。この時務めていた会社をやめるきっかけとなります。

前提:会社の就業環境について

残業時間80時間以上はあたりまえ。

異常だとは感じていましたが、残業時間は毎月少なくとも80時間は行っていたはずです。

(ちょっと記憶があいまいで申し訳ない。)

同僚の皆さんと良く使っていた言葉が「10時定時」という言葉です。10時は夜の10時です。22時ですね。

もちろん、実際の定時時間は午後5時ですよ…。

でも、ほとんどの社員が午後10時くらいまでは残業していました。9時前に帰ろうもんなら、「具合でも悪いのか?」とか「彼女とデートか?」なんて冗談を言われたものです。笑

少し脱線しましたが、10時まで残業するという事は一日4時間程度、残業している計算です。途中休憩時間がありますからね。

月の勤務日数が、だいたい20日程度ですから、80時間の残業ですね。

これに休日出勤も追加されるので、だいたい時間外勤務時間100時間から120時間が平均でしたね。

仕事があるなら残業してもらった方が会社はお得。

この時は仕事がたくさんありました。やってもやっても終わりが見えないという感じですね。

1年目のイルガには、とても辛く感じました。

なんといっても、この時はまだ「みなし残業」といって、働いた分だけお金が貰えるわけではなかったんです。

なんでこんな働いているのか疑問でした。

でも社員の皆さんは頑張って仕事をこなされていました。ほんと皆さん仕事できるんですよ。5分単位でスケジュール立てて、3つ4つの仕事を同時進行で進めていく人ばっかりでした。

尊敬できる先輩方でしたね。なんでこんなに頑張れるのか不思議に思ったものです。

今になると理解できるのですが、先輩方がおっしゃるには、「“リーマンショック”で仕事が無い時を経験しているからだ」と言っておられました。

仕事が無い時は、出社して勉強会を開いて勉強して帰るだけの日々を過ごしていたそうです。もちろん、給与もカットされていたそうです。

仕事が無いと会社は成り立ちません。だから仕事があるうちに一生懸命になっていたのだと考えられます。

本題:時間外勤務197時間

開発開始

2月から始まった新しい機械の開発。

この仕事に、イルガと上長の2人で挑みました。他の人も関わっていましたが、全体を通して進めていくのは2人でとなりました。

お客様の要望を聞いて、機械の構想を行い、構想を現実にするために詳細な形を検討する。

簡単に書きましたが、お客様と何度もやり取りし、新しい構造を考えるんです。

とても大変ですよ。でも、一番楽しい時間かもしれません。

「あーしたらいいんじゃないか。」「いや、これだとサイズが厳しい」なんてやり取りを何か月も行います。

機械の組み立て

設計した機械を組み立てていきます。

組み立てのプロ達が、機械が正常に動くかどうかを、あらゆる視点で確認しながら、新しい機械が形作られていきます。

機械設計者も、機械の確認や動作確認、修正などで忙しい時期です。

この時は、普段一緒に仕事をしない、組み立ての人間と接する機会であり、新しい人間関係に悩んだり、飲みに行って仲良くなったりと充実していました。

そして、問題が発生します。

お客様の要求に答えられない

新しい機械を作ると、問題無く動くか確認します。

何度も実験して、機械の調整を行っていきます。これが難しかった!

毎日夜遅くまで実験、実験の後は改善方法の検討、次の日にまた実験…。

少しずつ完成が近づきます。だけど、想定より困難でした。

だからといって「お客様は待ってはくれない。」

時間外勤務時間197時間は2014年8月でした。決意の8月。

8月と言えば連休がありますよね。もちろん休日出勤です。

毎日午前0時過ぎに帰宅する毎日。

朝起きて、アパートのドアノブを握る事をためらう日々が続きました。

とうとう体調も崩し、連休(笑)明けに3日休んでしまいました。

そして、9月を迎え、8月の時間外勤務時間を集計すると197時間!笑いがでましたよ。でも給料は変わらないんですよ!

そこで自分の中で何かがプツーンって切れたのが分かりました。マンガみたいだと思いましたけど「現実でもプツーンってあるんだなぁー」って思っちゃいましたよ。

この時に、この仕事はやめようと決意しました。これが挫折ってやつでしょうか。

この仕事は、イルガと上長でやっていました。上長の8月の時間外勤務時間は230時間

もうなんも言えませんよね。

さすがに途中で投げ出すのは嫌だったので、この仕事が終わったら辞める事にしました。

結局、お客様に機械を納品して、私の手を離れたのが2015年の3月でした。

後日談

9月になり、上長はうつ病と診断され休職されました。とても慕っていた人で尊敬もしていたので、ショックも大きかった事を覚えています。

イルガは新米なので、他のベテランの方と引き続き仕事を進めていきます。

というか、仕事量がきつかったですけど、先輩方は本当に尊敬していたし、人柄も良く、好きな人ばっかりでした。

タイの工場に機械を搬入して、2か月ものスタートアップ期間をタイで過ごし、やっと終わりました。

会社に「辞表」を提出した時に、会社や先輩方に申し訳ないという気持ちを感じると共に、肩にズシリと乗っかっていた何かがスーっと消えていくのを感じました。

最後に

最後まで読んでくださった方は、ありがとうございます。

イルガにとって挫折の経験ですが、とても成長できた経験でもあります。

仕事の選択肢は無限大です。つらすぎる仕事からは逃げてもいいと思います。人によってつらい事って違います。自分自身がつらいなら辞めていいんです。他人になんと思われようと。

私はそう思います。

おわりです。

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